2014年3月 8日 (土)

日本で最初に稼働したコンピュータ「FUJIC」

いつも私の個人的な写真では飽きると思いますので、たまには違った話を。すでにご存じの方もいらっしゃると思いますが、、、

 

■ 日本で最初に稼働したコンピュータ「FUJIC」

日本で最初に稼働したコンピュータ(計算機)は、富士写真フィルムでカメラレンズの設計課長をしていた岡崎文次氏による「FUJIC」である。しかも、計算機は岡崎氏による手作りと言ってよいものであった。

岡崎氏が計算機を作ろうと思った理由は、レンズの設計では複雑な計算が大量に必要になるからである。何枚ものレンズの中を進んでいく1000本から2000本の光線を5桁から6桁の精度で追跡し、収差を求めて計算していかなければならなかった。当時のアナログ計算機の精度はせいぜい2桁から3桁しか望めなかったため、数十人の人間が数表などで計算していたという。高級なレンズになると、計算だけで数か月。作業効率の向上は重要な課題であった。

岡崎氏が「レンズ設計の自動的方法について」という提案書を会社に提出し、会社側から計算機の開発が認められたのは、1949年3月のことであった。当初の開発費は、約20万円。部品は神田の須田町の露天商で購入し、ほぼ一人で作成していくことになる。

世界的に著名なコンピュータであるENIACが完成したのが、1946年2月。岡崎氏の開発開始はそのわずか3年後であり、当時は世界的に見てもコンピュータは数えるほどしかなく、日本には1台もないという状況であった。

独自の研究と実験を重ねたすえ、1956年3月にFUJICは完成する。研究着手から完成まで7年。カードリーダによる入力、電動タイプライターによる出力を持ち、その後のコンピュータの原型をすでに整えていた。計算速度は、人手の千倍から二千倍くらい上がったという。

しかし、そのFUJICの稼働はわずか2年半で終わってしまう。会社の方針が変わり、富士写真フィルムではレンズの設計を直接にはやらないことになったからである。会社での役目を終えたFUJICは早稲田大学に寄贈され、岡崎氏はその後日本電気に転職する。

 

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コンピュータに関する詳しい話は意図的に外しました。レンズを設計するには膨大な計算量が必要なので、コンピュータを欲したということですね。詳細にご興味がある方には、以下に参照ポイントを記述しますのでご覧ください。

「情報処理」(1974-08-15)に掲載された論文「わが国初めての電子計算機 FUJIC」(岡崎文次)は、以下のサイトでアクセスすることができます。
http://ci.nii.ac.jp/naid/110002719559

情報処理学会による「コンピュータ博物館」に、その外観と簡単な紹介があります。
http://museum.ipsj.or.jp/computer/dawn/0010.html

個人的には、以下の書籍をお薦めします。

新装版 計算機屋かく戦えり 
 遠藤諭 著 
 定価:2,310円 (本体2,200円) 
 発売日:2005年11月1日 
 形態:A5変 (488ページ) 
 ISBN:4-7561-4678-3 (978-4-7561-4678-6)
http://ascii.asciimw.jp/books/books/detail/4-7561-4678-3.shtml

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